



2022年 / インスタレーション / w3500×d5800×h2500(mm)
本作は、2020年代初頭の記憶について再考するものである。私たち一人一人が、慣れ親しんだ日常だと思っていた日々は、一体何だったのか。2020年には、多くの人々がそのような疑問を抱いたのではないだろうか。
最初に緊急事態宣言が発出された2020年4月、私はカメラを片手に名古屋駅周辺を歩き回った。すれ違う通行人は僅かで、多くの店舗はシャッターを下ろし、街は息を殺していた。 人や車があまり通らない交差点では、信号機だけが以前と変わらず規則的に動いていた。 過去に何度も訪れた街であるにも関わらず、見知らぬ土地のように感じられ、背筋の寒くなるような不気味さを覚えた。その様子は、本物そっくりに作られた巨大な撮影セットのようにも見えた。
あれから約3年を経た現在、人々は2020年の混乱など一切無かったかのように、娯楽や商業活動に没頭しているように見受けられる。本作は、新型コロナウイルス感染症についての記憶を忘れることが悪いと主張するものではない。だが忘れることには、感染拡大をもたらした諸要因(例えば都市の人口過密)が放置されるといった、弊害も伴うはずだ。コロナの記憶が社会から忘れ去られてしまうかもしれないという現状に対し、私は本作を通して一石を投じたいと考えている。
私たちは今、2020年代初頭の社会状況を、どれだけ鮮明に思い出すことが出来るだろうか?
上面図

動作システム
